読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

趣味がない。

雑談。

走れるカラダから走りたいカラダへ

なんともできの悪いスポーツクラブのキャッチコピーみたいなタイトルをつけてしまった。
新年から無理しない程度にランニングを始めて、こないだ初めてハーフマラソンにでた。もうすんごい苦しいし緊張で最初からずっとオシッコ行きたかったけど2時間少しで無事完走。こんなところにスジや筋肉あったんだ、という箇所があちこち筋肉痛になる。
でも最後までキロ6分切ってたし来シーズンのマラソンにはサブ4とかできたりするかな、なんて練習方法やフォームを調べたり、小説「風が強く吹いている」よんだりしてた。ツルモク独身寮とハチクロ奈緒子を足して3で割った青春小説にウルウルしたり。

風が強く吹いている (新潮文庫)

風が強く吹いている (新潮文庫)


ともかく昨年末からしてみれば、平日の朝からほいほいと(遅いペースとはいえ)7キロ走れるとはずいぶんと変わったもんだ。むしろハーフマラソン終わってから回復するまでウズウズとストレッチした4日間がずいぶんと長く感じて、今朝ジョグ再開してスッキリ楽しかったので、走りたいカラダに変わったんだなと感じた。
ランニングでも筋トレでも英会話でも方法論(時間の作り方含め)山ほどあるけど、モチベーションの維持して「⚪︎⚪︎したい自分」でいることが一番難しくて大事なんだろう。幸いランニングは負荷や頻度を自分でおおいに調整できるし、ネット雑誌小説などコンテンツも豊富だからしばらくは飽きずにいけそう。
ウルトラマラソンマンはさわりだけ読んで面白そうだから読まずにとってあったり。こういうヨレたときにこれで再点火しようみたいなストックも必要だな。

ウルトラマラソン マン

ウルトラマラソン マン


小雨の時に傘をささない勇気

朝起きたら雨が降っている。でももうすぐやみそうな微かな雨。駅までの道には人影も少なく、傘をささずに歩いている人を見かけたので、自分もそれにならい歩き出す。駅が近づくにつれて歩く人も増えていくが、どうやら傘をさしている人の割合の方が多そうだ。
さてどうしよう。駅まであと数分。一度きめたことを覆して傘をさすのも悔しいが、「あの人なんで傘をささないんだろう」と内心思われるのもちょっとシャクだ。
こんなとき傘をささず自分を貫ける人はリーダー・企画型で、周りに合わせられる人はメンバー・オペレーション型なのかなとか、ごにょごにょ考えてるうちに駅に到着した。
まあスーツとかは時々霧吹きして形を整えたり、匂いを抜いたりしたほうがよかったり、ということを思いついたが、いま濡れているのは三年前に買ったPコートだった。
ともかく各駅停車に乗り込み、数駅先の乗り換え駅で混み合った急行にカラダをねじこんで、周りの人に湿気をなすりつけた。
あ、でもあの兄ちゃんも髪の毛が湿ってるからきっと同士だな、なんて曇ったメガネごしに確認できてちょっと口元が緩んだ。

頑張ってを越えるlet it be

あなたのありのままでいいよ、ということのなんと難しいことか。
アナと雪の女王を見ながら、大きな声で「ありのままのー」と歌った人たちは、今どのくらいありのままでいられるだろう。
自己肯定感を幼少期に育めなかった人は、他者に肯定されることや、過剰な承認欲求に苛まれるという。
ある漫画で「おまえの全てを否定してやる!」みたいなセリフがあったが、リアルな社会でそれに近い言動をしてる人も多々いる。
そんな中で清涼剤的な存在として生きていたい自分は「おまえの全てを肯定してやる!」という気概で、悩みの相談をたまにうけたりしている。
元記事の坂爪さんは他者を肯定する天才だからきっと明るい雰囲気が彼と彼のブログにあふれているのだろうなあ。

When I find myself in times of trouble
Mother Mary comes to me
Speaking words of wisdom,"Let it be."


0か1かしか見えない人にグラデーションを見せる

会社に行くか行かないか、目標に向かって頑張るか頑張らないか、他人と同質であるか全くのオリジナルであるか。
色んな場面でゼロイチで悩む場面は多い。ただ悩むことや選んだ極端な結果で苦しんでしまう人には周りが、0.1〜0.9のグラデーションの価値観や世界を見せてあげるのがよい。自分で体現するもよし、こんな生き方考え方してる人がいると紹介するもよし。
壮大な風景で人生観が変わる人もいるが、自分のちっぽけさを感じると同時に自然の多様性やグラデーションを理屈じゃなく感じることができるからじゃないだろうか。
個人的に1番身近で手軽に体感できるグラデーションは夜明け前の空。早起きしてひとっ走りして河原とか広いところにいくべし。今だとだいぶん寒いが、境目のない空をおおいに堪能できるはず。
f:id:peterpansyndrome:20170222075142j:image

カレンダーとシールで三日坊主を卒業

小さい頃からコツコツ物事を続けるのが苦手だった。テスト勉強は一週間ないし三日前くらいから、ガーッと詰め込んで、テスト後キレイさっぱり忘れる、短期記憶依存型の学生だった。
大人になっても、性格が変わることはなく、時間が捻出できないという言い訳が増えたぶん、新しいことが長く続いたためしがない。
30半ばを過ぎて、酒や焼肉の許容量は減るくせに、脇腹から背中の贅肉はその勢力を徐々に拡大しつつある。そうだ、運動しよう。

ランニング怖い

学生の頃はバスケ部だったため、運動そのものには抵抗がない。ただ何年か前に今回同様思いたって、一気に走りまくった結果、足の裏が死ぬほど痛い状態になって走らなくなったトラウマがある。

カレンダー、シール作戦

うちの子供が100円ショップのシールを、嬉々としてあちこちに貼ってるのを見て、走った日にシール貼ったら達成感あるかなと思い、やってみた。
f:id:peterpansyndrome:20170201075201j:image
これがなかなか楽しく、1月は計13回60キロ弱を走ることに成功した。(24-29は旅行などでお休みしてた)カレンダーにシールを貼ると、次にいつ走ろうかという気持ちになる。距離と時間の計測のため携帯にRuntasticというアプリを入れてるが、物理的に目に触れるものが進捗として分かる強さがカレンダーとシールにはある。シールが可愛すぎるのはほっておいてほしい。

蛇足

その他気をつけたこと。
  • 朝起きてすぐ走れるように、ジャージ、靴下、ライトなどを床に広げておく(セルに吸収されたあとみたいな状態)
  • ランニングは初心者の身体を痛めつけてると思い、1日おきに走ることにした
なお、調子にのって今朝少し長め速めに走ったら、少し足の裏が痛くなった。2月以降も続くのか、自分に乞うご期待。

東京の月明かりでも影はできる

新年始まってから朝少しだけ走っている。5時半スタート6時ゴールの5キロ弱。今の時期、日の出よりもかなり早いので、ほぼ真っ暗である。
何年か前に買った黒いジャージの上下と軍手、LEDライトといういでたちで今朝も家をでた。
しばらく走って、いつもの河川敷にさしかかる。街灯もないのでだいぶん暗い。日の出の時間にさしかかれば、素敵な空のグラデーションを見られるのに。ただ今日はLEDライト以外に自分の影をつくる輩がいた。
f:id:peterpansyndrome:20170116225347j:image
月だ。ほぼ満月で煌々と光る月が、予想外にくっきりと河川敷に影を作っている。月明かりで影ができるのを見たのは、大学生の貧乏旅行で長野・上高地近くの山中で車中泊したときと、ハワイ・カウアイ島でドライブしたときだけだ。
都内にもそんな瞬間が訪れるのだ、という喜びだけで気だるい金曜日をやり過ごせそうな予感。

負けないことの強さ

負けない投資という話があったので、負けないことが、強いあるいは大事であるということについて書く。

成功者は失敗するが、負けてなかった

成功した起業家の本をパラパラめくると、たいてい苦労談やピンチがあり、それを乗り越えて糧にして大きく成功したという記載がある。生き残るスキル体力運などの要因はあるにせよ、彼らは失敗しても決して「負けなかった」のではないか。周囲から見てどう見ても「負け」なのに、「失敗」なだけで「まだ負けてない」とあきらめなかった。負けを認めたらそこで気持ちも折れて、手も打てずに敗戦処理に入るところを、いつか必ず自分が勝つと根拠なく盲信できた奴が生き残ったんじゃないか。
負けないで もう少し 最後まで走り抜けて
負けないこと 投げ出さないこと 逃げ出さないこと 信じ抜くこと ダメになりそうなとき それが一番大事

消極的な負けない生き方も賛美したい

普通に大学に行って、就職して、粛々とそこそこ働いて、心も身体も壊さぬようにやり過ごす。そんな「平凡でツマラナイ」生き方も負けない戦略としては大いにアリだと思う。ある層に根強い「成功するべし、金持ちになるべし」という同調圧力にはたいへん辟易しておるので、勝つ気がないのではなく、負けない戦略をとっているのだよと心に留めることで、いらぬ心のザワザワをおさえることにしている。